現在上映中の映画『ら・かんぱねら』
撮影・丸池納さんにお話を聞いた。
監督とは40年以上の仲だった
——監督から『ら・かんぱねら』のお誘いを受けた時、どんな思いでしたか?
私の前に声をかけてた方がいらっしゃったみたいなんですけど、スケジュールが合わなかったみたいで急遽お電話いただいて。監督は昔から、助手時代から知っているので、すぐに「やりましょう」と返事をしました。前に監督プロデュースで何本かお話いただいたことはあったんですけど、結局クランクインまでいけなかったんです。初めて監督プロデュースで、なおかつ監督という、それは嬉しかったですね。
——監督との出会いはいつ頃だったのでしょうか?
40年くらい前に製作進行のときに初めて知り合いました。確か新城監督の『オキナワの少年』だったと思うんですけど。そのときに鈴木監督が製作進行で私がチーフで、一緒に仕事したのが最初かな。

撮影前に監督宅に泊まり込む
——撮影に入られる前の準備などはあったのでしょうか?
オファーの電話をもらったのが一昨年の9月で、10、11月くらいに実景(風景の映像)を撮り始めたんです。そのときに監督の家に泊まり込んで、いろいろな話をしました。監督に脚本の感想を求められて、「こういうのを足した方がいいんじゃない」みたいに感想を言うと、パソコンで打ち直してくれたり。そういう感じでコミュニケーションをとりながら、本を煮詰めていきましたね。
——監督も脚本を大切にされているとのことでした。丸池さんが実際に監督の自宅に泊まって過ごした時間というのは、この映画にとって重要なものでしたか?
すごくよかったと思います。決定稿にいくまでの脚本の遂行にちょっと関われて、そのおかげでとても親しみを持てたっていうのはあります。監督とそういう時間を持てたのは、これが初めてだと思います。
——脚本について意見を言うということは、今まで携わってきた作品ではなかったことですか?
クランクインしてからは言ったりはしますよ。台本にないけど、こういうシーンを新たに撮った方がいいんじゃないかみたいな進言はして。シナリオにないシーンを撮ってもらうこともあります。そういうのはカメラマンとして他の監督でも意見を言うんですけど、決定稿の前の段階でいろいろ話し合いができたっていうのは、貴重な経験でした。
全編2カメでの挑戦
——海苔漁のシーンなど、海での撮影が多かったと思いますが、海での撮影で苦労されたことなどはありますか?
俳優さんも漁師さんから海での仕事のやり方とかを教わっているので、結構ドキュメンタリー的な、なるべくリアルな感じで漁師の作業を見せたいなっていうのがあって。そういうところはちょっと大変でした。
——リアルな映像を撮るために、意識されていたことなどありますか?
漁師の作業なんかはドキュメント的な要素があって、フィクションのドラマのセリフもあって、その辺のマッチングというか、そういうのが入り交じりになったような感じにするのは意識していました。監督から「カット割りがあまりできないから2カメでやってほしい」っていう要望があったんです。全編2カメでやったのは今回が初めてでした。全カット全シーンではないんですけど、要所要所のところは2カメで撮って。カッティングだけで見せるよりは、2カメで、ということで上手くできたかなと思います。
——2カメにすることによって撮影は難しくなりましたか?
一般的には1カメで、カッティングで見せていくんです。視点が2つになるっていう、そういうところは違和感のないように撮るのがちょっと難しいかなと思います。

奇をてらわない撮影を
——佐賀での撮影中、印象的だった出来事はありますか?
海岸の大空さんと伊原さんの2人芝居。ああいうところは夕日狙いでやるので、すごく緊張感がありましたね。最初はもうちょっとカットを割ってたんですけど、結局ワンカットでいくことになりました。正面から車椅子で来るお芝居をワンカットでいく緊張感っていうのが、結構いいシーンになったなと思います。
——物語を象徴する場面になっていましたね。ここの撮影に注目してほしいというようなポイントはありますか?
人間ドラマで群衆劇みたいなところもあるので、気をてらった画は撮らずに、ナチュラルな自然体で、風景や俳優さんを撮ってきました。ドローンは出てくるけど、地上の話はなるべく目の高さで撮って。自然な形で、目からの距離感とか、そういうものを大事にしました。
佐賀の風土に癒されて
——『ら・かんぱねら』は全て佐賀での撮影でした。長期間佐賀に滞在されていかがでしたか?
私も四国の徳島出身で、ああいう地方の出身なんです。支援する会とか皆さんがいる中、ああいう風土の中で映画を撮るっていうのが、自分が生まれたところではないんだけど、すごくジーンときました。田んぼがあって海がある風景っていうのが、癒されて。そういう中でカメラを据えてお芝居を撮ってくっていうのが、すごく自分ではしっくりきました。
——この映画の見どころを教えてください。
もちろん「ラ・カンパネラ」を0から弾けるようになるという音楽映画でもあるんですけど、やっぱり人と人との絆や、夫婦愛をベースにしているんです。そういう中でみんなの協力があって、ピアノが弾けるようになるという。何回も言ってるけど「夢があれば生きていける」っていうあのフレーズが結構胸に焼き付いちゃって。好きなフレーズなんですけど。そういうのはある程度歳を重ねてきて、ジーンとくるセリフかなというふうに思います。そういうところを見てほしいですね。
大勢の人との繋がりで生まれた映画
——撮影中の裏話などあったりしますか?
基本的には監督のジャッチで50、60人のスタッフが動いて物事を進めていくんだけど、監督が現場に来てまた違うことを言ってきたりするんです。それはもうこういうことで決まって、準備してるんだけどっていう。監督の中では多分アイディアがバージョンアップしていくんでしょうね。現場は準備しきっているからできないとお願いする場合もあるし、現場で対応できるものは臨機応変に対応もしました。そういうところは、ちょっと苦労しましたね(笑)。
——最後になりますが、映画を観に来る皆さまに、一言お願いします。
地方発信の映画で、監督が4、5年かけて準備から監修した映画です。映画のスタッフだけではなく、支援する会など大勢の人が協力してくれて出来上がった作品だし、そういう人との繋がりで生まれた映画なので、映画を観に来る人たちも観ることによって、この映画に参加するというか、一端を担っていただければ嬉しいです。

